雪の街の愉快な奴ら
〜第四話 let's go 入学式〜




「おーい、起きろー!!」

ベッドにくるまる兄に向けてみさおは呼びかける。
だが浩平はまだ寝る、と返事をするだけである。

「お兄ちゃん、いっしょに入学式に来てくれるって言ったでしょ!!」

少女は布団に丸まっている物体を揺り動かすがその効果は浩平が布団ごと
揺り動いているだけだ。
それでもしつこく続けているとようやく顔が布団から出てきて

「ああ、見える。私にも入学式が見えた。
とゆーことは入学式に行ったということ、とゆーわけで約束は果たした。
アデオス、ぐー」

また布団の中へとその頭を沈めた。

「そういうどっかの覚醒した新人類みたいな戯言は聞き飽きたよ」

確かにネタとしては使い古されてるだろうが戯言とまで言いきる辺り、男の子と
女の子の差なのかもしれない。

「んー、先行っといてくれ。後で追いつくから」
「はあ、わかったよ、ちゃんと追いついてね」

とりあえず目が覚めてきたのか今度はちゃんとした会話が成立する。
浩平はまだ布団の中でもぞもぞしているがじきに起きるだろう、そう思い
みさおは浩平の部屋を後にする。






「はあ」

浩平の部屋から出て廊下を歩きながら思わずため息をついてしまう。

「名雪もちーとも起きてくんないしなー」

昨日いっしょに行こうと約束したばかりなのにさっき起こしにいってみれば
見事に寝ててその上ちっとも起きてくれない(一応返事はしたがねぼけてい
たので起きたうちには入らないだろう)。これではなんだか少し友情が傷つ
いた気がして悲しい。

そっと目じりに指をやり感極まったような声で

「涙が出ちゃう、だって女の子だもんっ!」
「何やってんだお前?」

ポーズを取って泣き真似をしてると後ろから声がかかる。

「いや、ちょっと友情に傷がついた純情な美少女の真似を……」
「真似か」
「ええ、真似です」


かなり恥ずかしい場面を見られたはずなのに全く動揺が無く会話をする。
本気で大物だ。
とそんなことを思いながら必要無いとは思うがとりあえず慰めの言葉をかける。


「十二時まで起きてたら流石に友情をもってしても無理だろう。名雪だし」

そう、彼女達は昨晩真琴も交えて夜の十二時まで四方山話に花を咲かせていたのだ。
見事に名雪のリミットをオーバーしている。

「いやまあ、話してる内にただでさえ積もってた話が更に積もって……」

とそこでふと気付いたように祐一を見る。

「どーして私達が十二時まで話してたって知ってるんです?」
「いやだって聞こえてたし」

それを聞いてみさおは目を見開き

「乙女達の会話を盗み聞きですか!? 変態っ!!」

ずびしぃっ! と効果音付きで祐一を指差す。

「部屋が隣だっ!!」

祐一もちょっと怒りながら叫び返した。













「良い天気だね、さすが入学式」

通学路を歩きながらみさおは晴れ渡った空を見上げる。
そんなはしゃいだ様子を見ながら祐一はみさおを追うように歩く。

「入学式は関係無いだろう」
「いやいや、実は入学式には魔力があってその力で晴れになるのですよ」

みさおは悪戯っぽく笑いながら妙なことを言う。


似てないって思うけどこういう所は兄妹って感じはするもんだな


そんなどうでもいいことを考えながら学校への歩を進める。

「ねぇ、名雪と浩平、置いて来て良かったの?」

一番後ろでついてくる真琴が珍しく弱気な声を出す。


「ま、たまにゃあよかろ」
「そうそう」


似た苦労をするもの同士、似た言葉が出てくるものだ。



*     *     *


「祐一さんっ♪」
「うおっ!」


名雪達が追いついてこぬまま歩いているといきなり背中をバン、と叩かれ振り返る。
そこにいたのはみさおや真琴と同様、新品の制服に身をつつんだ栞だった。


「ったく、元気だな。とてもしばらく前まで病人だったとは思えないぞ」
「だって入学式なんですよ!!」

どうやら入学式だということではしゃぐのはどこも同じのようだ。

「おはよう、相沢君、いきなり栞が悪い事したわね」
「いや、気にしなくて良いぞ。」

おそらく、いや間違いなく栞の付き添いで来たであろう香理にも声をかける。
そうすると香里はみさおを見て口を開く。

「その子が名雪が言ってた子かしら?」


そこで栞も初めて気付いたようだ。きょとんとした顔でみさおを見ている。

「折原みさおです。名雪の従姉妹で一昨日越してきました。
みさおって呼んでください♪」
「美坂香里よ。名雪から色々聞いてるわ。よろしくね」
「あ、私も香里先輩のことは聞いてますよ。よろしくお願いします」

香里との自己紹介に一区切りつくと今度は栞が一歩前に出る。

「美坂栞です。私のことも栞って読んでくださいね、みさおちゃん」
「はーい、よろしくね、栞ー」

簡単に自己紹介を追えると栞はふと気づいたようにぽんとを打った。

「あのみさおちゃん、もしかしてお兄さんとかいます?」
「騒がしいのが一人いるけど……知ってるの?」
「ええ、多分ですけど……とそういえばそのお兄さんはどうしたんですか?
名雪さんもいませんけど」

みさおは、ああそれなら、と自分達が歩いてきた道の後ろを指差す。

「多分あれじゃないかな」

その指の先にはたしかにこちらに走ってくる人影が二つあった。

栞がよく見ようと目をこらしているうちにその人影はぐんぐんと近づいて来ている。
そして近くまで来たところで人影の一つがぴょん、と軽くジャンプして祐一達の
前に着地する。

「追ーいついたっと……あれ、香里?」


名雪が香里に気付き、挨拶をしようとすると


「香里か? 久しぶりだな」

同じく追いついた浩平がさきに挨拶をする。


「昨日の夕方に会ったばっかじゃない」
「十分久しぶりだろ」
「二十四時間も経ってないわよ」

香里は呆れたように答えると今度は名雪を見て

「おはよう名雪。久しぶりね」
「あ、うん。 って一昨日いっしょに映画見に行ったばかりだよ」
「そーだぞー。一昨日で久しぶりはないだろ」

浩平が横から茶々を入れるが香里は動じずに浩平に目を向ける。

「二日も会わなかったら久しぶりって言っても良いのよ」
「ずるっ!!」

返した言葉に悲鳴があがる。
そこで名雪が首をかしげ

「あれ、二人とも知りあいだった?」
「ああ、もう十年くら」
「昨日会って知り合ったのよ」

「…………」(浩平硬直)


そうなんだー、と名雪が言ったところで固まっていた浩平がぐるりと名雪へと向き直る


「とゆーか香里とお前も知り合いだったのか」
「世間って狭いものね」
「そーだねー」
「あのー、私は無視ですか?」


三人で世間の狭さを実感しているところに悲しそうな声が響く。


「おお、いたのか栞。ちっこいからぜんぜん気付かなかったぞ」
「ぷう、そんなこと言う人、キライです」


まるで小人を見つけたような大げさなリアクション、それに反応したのは
栞だけではなかった。


「お兄ちゃん、栞よりちっこい私はどうなるのかな?」

栞と自分との身長を見て尋ねるみさおに浩平はふ、とかすかに笑い首を振る。

「安心しろ、胸はあるからちゃんと存在感あるぐぇっ」

「セクハラなセリフ禁止っ!!」


みさおの放った肘打ちがきれいに浩平の腹部にめり込んだ。









「そういえばお姉ちゃん、あんまり驚いていませんね?」

腹を押さえてうんうん唸っている浩平を見ながら栞は姉が彼のことについて
あまり驚いた様子を見せないことを尋ねる。

「名雪から従兄妹達が越して来るって言う話は聞いていたからね。
それに一昨日映画に行った後一緒に迎えに行かないかって誘われたし」

まあそれは遠慮しておいたんだけど、と付け足す。


「てゆーことは昨日の時点で気付いてたんですか?」
「思い出したのは折原君と別れてからだけどね、世間って狭いものね」

先ほど言った言葉をかみ締めるように繰り返す。

「そういえば香里達、もうみさおとは自己紹介すませたの?」
「ええ、名雪から聞いていたからすぐに分かったわよ」

みさおも香里の言葉に同意してこくこくと首を振る。

「うんうん、私もすぐ分かったよ」

みさおはそこで一泊置くと変わらぬ笑顔でその先を続けた。

「名雪の言った通り、ワカメみたいな髪型の人だね♪」

その瞬間、みさお以外の全員が固まった。


「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「…………」



タンッ!!


最初に動いたのは名雪だった。この行動は生命の危機回避のためのもので
あったのだろうか、恐ろしく速かった。すばらしいスタートダッシュでその
場からの離脱を図る。

だがそれすらも彼女の怒りの前には無力だった。


「なゆき〜、逃がすと思う?」

行動再開は名雪よりも遅かったにもかかわらず余裕のある動きで名雪の首を
ぐわし、と掴み引き寄せる。
そして右手で名雪の頭を掴み、首を左脇でがっちりと固める。


「え、え、えとねほら、久しぶりに会ってなんとなーくふざけて話したと言うか。
ほらほら、そういうことあるでしょ面白半分でちょっとふざけたこというの。
悪気は無かったんだよ……だ、だから香里、笑顔で首しめる力強めるのやめて」


泣きながらなんとか言い訳を試みるが香里の対応が変わらない。


「うぅ〜、みさおの意地悪〜」

涙をたたえながら訴えるその言葉にみさおはぷいと顔をそらす。


「朝、起きてくれなかったし。後一昨日一時間も待たせた仕返しだよ」

そう言うとふと香里が―腕の力は弱めぬまま―妙な顔をする。

「あれ、おかしいわね。一昨日、映画館で別れたときまだ余裕は十分に
あるとか言ってたけど……」


全員の視線が名雪の顔に集まる。

名雪は香里に掴まれて顔を背けれないのでなんとか視線だけあさっての方向に
向けているが流れる冷や汗はどうにもならない。


とうとう観念して白状を始める。

「えとね、ちゃんと時間の予定は立ててたんだよ。遅刻しないようにちゃんと映画の
上映時間も考えて余裕のあるようにしたんだよ。ちゃんと予定通り映画を見終わって
すぐに浩平達を迎えに行ったんだよ。寄り道もしなかったよ」




「でも……ね、映画が二本立てだったんだよ」



「それで予定の時間が狂って、でもそれに気付かなくて」





「それで駅に行ったら浩平達がもう待っててそこで初めて時計見てようやく
二本立てってこと考えてなかったことに気付いたんだよ。
それで普通な態度でいったらなんとか誤魔化せるかなー、と思ってやってみたら
なんとか誤魔化せて……」


最後の部分は完全に言わなくても良かった部分だが動転している名雪は気付かない。
そして動転してない浩平達はそれをしっかり聞いていた。


「あーなるほど。つまりちゃんと予定立ててた分自信持っちまっててろくに時計確認
も映画の終了予定時間の確認もしなかったというわけだな
「うん、というわけだから不可抗力ということで、ねっ、浩平」
「はっはっは、もちろんそうだな。ちゃんと予定立ててくれたんだ。
むしろお礼とかしなくちゃいけないくらいだ」


すんごいにこやかに浩平は名雪を見る。
そして名雪はそんな浩平を見てすんごく表情を引きつらせる。


「……それで私の髪の毛持ってるの何でかな?」

浩平は名雪の髪を左右から一房ずつ取り出してそれを手に持ちながら笑っていた。

経験上これはろくでも無いことだ、絶対に!


「ん? いやな、わざわざ俺達のためにそんなに考えくれてたのが嬉しくてなこの
浩平様が名雪のこの美しい髪を見事な髪型にしてやろうと思ってな」

やっぱりろくでもないことだった。

「わわっ、止めてよ〜。香里、はなしてよ〜」
「香里、離すなよ」
「当然よ、しっかり捕まえておくわ」
「二人ともひどいんだよ〜」








〜数分後〜


「おお名雪、ワンダフルだぞ」
「う〜」

浩平は自分の作品に満足していた。

「うむうむ、さすが俺。ビューティフルでエクセレントな髪型だな」
「うぅ〜」

栞とみさお、真琴はそれなりに遠慮してか顔を背けないで笑わないよう努力
しているのだが唇が歪んでいて我慢しているのが丸わかりだ。
香里は顔を名雪とは正反対の方に向けているが肩が思いっきり震えている
ので笑っているのは簡単にわかる。
祐一にいたっては笑いすぎて腹を抱えてうずくまっている。

「うぅ、解けないよ〜」

名雪は顔、正確には鼻の下にある髪を解こうと一生懸命になっている。


ちなみに説明すると単純である。
名雪の長い髪を左右から一房ずつとってそれを鼻の下で結んだもの、いわゆる
泥棒のほっかむりを髪でやったのだ。


「浩平、玉結びにしたでしょ、ぜんぜん解けないよ〜」
「そのままでも君は十分かわいいよ」
「それは侮辱ととって良いんだね」

爽やかに歯が浮くようなセリフを、しかしこの場合には明らかな煽り文句を言う
浩平に名雪は解く努力を一時中断し、こめかみに青筋立てる。
と、その間に祐一が割ってはいる。

「おい名雪、怒るのもいいがさっさと解かないと人に見られぷっ」

宥めようとしたのだがまともに名雪の顔を見てしまい思わず笑ってしまう。
ちなみに名雪のどこかほけーっ、とした雰囲気とあいまって髪を鼻の下で結んだ
間抜けな姿は―本人にしたら遺憾だろうが―非常に笑える。

「よ−し、じゃあさっさと行くか」

逃げ出すように、実際逃げるのだろうが浩平が先に進み始める。
そしてそれに続くように名雪以外も歩き出す。


「わー、みんな待ってよー。うー、ほどけない〜」(涙

先に行ってしまう香里達をなんとかむ巣日目を解こうとしながら追いかける。




結局髪は機嫌が直ったみさおと香里が学校に着く前に解いてくれた。







後書き

祐一「セリフ少ねぇぞぉ!!」
ときな「どやかましいっ!!!!」
ドゴガッ!!

祐一「ごぉ」
ときな「初っ端から叫ぶなよな、もーうるさい」
栞「今の破砕音はいいんですか?」
ときな「突然出てきたな。いーの、必要悪」
栞「悪党はみなそう言います」
ときな「例外もいるもんだぞお嬢ちゃん。
さて、今回の後書きはみさおの性格についてちょっと説明を」
栞「おおっ! 作者さんの勝手な設定暴露ですね」
ときな「そういう言い方するな……ま、いいや。とりあえず説明を。
今までの話で分かる通り浩平の妹にしてはちゃんとした良識もってます。
しかし同時に浩平の妹らしくバカなこともやったりします。もちろん彼女
には良識がありますのでとんでもないことにはなりません。しかし」
栞「しかし?」
ときな「その良識内ならやっぱり予想外なことをしてくれます」
栞「たとえば?」
ときな「今回の香里の髪型発言」
栞「ああ、あれ、割と命懸けな気もするんですけど」
ときな「それでも彼女には良識内で収まるんだ」
栞「……今後何するか予想がつきませんね」
ときな「ま、とりあえず今回はここでお開きー」
栞「さよ〜なら〜」




感想などなど

名雪には悪いですが確かにあの顔で前に結ぶと…笑うしかありませんね(w

みさおのツッコミのよさは見ていて気分いいですなあ…今回もありがとうございました

感想その他はときなさんへメール、もしくはBBSなどにどうぞ。

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